サイレント・クリスマス...2話 

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「ねえ!待って!待ってったら!!」

「なんなんださっきから!ついてくんな!!」

ユキナが全速力で走っても、逃げる青年にはなかなか追いつけない。
二人はもうずいぶんと長い距離を追いかけっこしていた。
もともと運動が得意ではない少女の足は、じょじょに限界へと近付いていく。

「ハァハァ…なんで逃げるのー!?ハァハァ……あッ!!!」

ズサー…

「い、痛い…」

案の定、ユキナは足がもつれて転んでしまった。
冬服のためひざをすりむくことは無かったが、それでもやはり痛いものは痛い。
ユキナはその場にしゃがみこみ、ぶつけたひざをさする。
泣きそうな目でふと前を見ると、そこには、プリンがいた。

「ぷー!ぷー!!」
「あなた…心配してくれてるの?ふふ、ありがとう。」

プリンはその小さな手で少女のひざを優しくさすった。
そこには、先程巻いてあげたリボンがあった。
ユキナはプリンの頭をなで、そして青年の姿を探す。
青年は、意外にもユキナのすぐそばまで来ていた。
ユキナの顔をのぞき込み、言う。

「…大丈夫か?」

ドキリとユキナの胸が鳴った。
すぐそばで聞くその声は、本当にキレイで。
この声で歌えば、どんなに素敵なのだろう。
それなのにこの人は、『歌を捨てた』なんて言う。
そんなの…そんなのって…

「君は一体なにをしたかったんだ?」

少女が怪我をしたことに責任を感じたのだろうか、青年はもう逃げも隠れもしなかった。
今はもう葉を落とした木の幹にもたれ、少女に問う。

「…悲しかったから」
「?」
「こんな歌の上手なプリンが歌を捨てるだなんて、悲しいから…私、もっとこの子の歌を聴いてみたい」

それに…あなたたちが一番、悲しそうな顔をしてる。

「ねぇ、どうして歌を捨てるなんて言うの?」

青年は、うつろな目で冬の空を見上げていた。
ゆっくりとユキナのほうに顔を向け、そして、それを覆うマフラーを、ほどいた。

「…届かないなら、歌なんかいらない。」

「あ…あ…!!!」

それは見るも無惨な光景だった。
青年の喉には、赤く腫れ上がった細い傷が、何本も何本も重なっていて。
自分で、自分の喉を掻きむしった痕(あと)が、克明に残されていた。
その痛々しい喉元に、ユキナは溢れ出る涙を抑えることが、出来なかった。



「彼はね、ちょっとした、歌うたいだったのよ。」

コト、とソウの前に温かいスープを差し出す。
女性は、話しかけてきた旅人の少年を、家によんでくれた。
すみません、と一礼し、ソウはスープに口をつけた。

「若い人たちに人気のあったカフェで、彼は、それはそれは素敵な声で歌っていたのよ」
「でもあの人は、もう歌わない、って…」

そう言って、さらなる話を聞こうと思ったとき、ふとひとつの写真たてがソウの目に入った。
三人と一匹の写真。
今ここにいるおばさんと、先程の青年とプリンと、そしてもう一人キレイな女性が、笑顔を浮かべてうつっていた。
一目でわかるくらい、楽しいクリスマスパーティでの、一枚だった。
ソウが写真に目をやっていることに気付いたおばさんは、写真を手にとり、ソウに渡した。

「これ…去年の写真よ。まさか、一年でこんなにも変わっちゃうなんて…」
「あの男が、ですか?」
「…いいえ。変わってしまったのは、ほら、ここにうつってる、私の娘…」



「恋人が、いたんだ。」

青年はマフラーを巻き直しながら言った。
肩をすくめ涙を流す少女の手を取り、近くのベンチに座らせる。
自分も隣りに座り、プリンをひざに乗せ頭をなで、また、話しはじめた。

「彼女は、クリスマスが大好きで…毎年、アイツの家族と一緒にパーティしてたなあ」

ユキナは涙をふき、青年の顔を見上げた。
また…とても悲しそうな顔だった。

「アイツ、“きよしこの夜”が好きだったから、クリスマスには、俺とプリンでアイツのために歌ってたんだ」
「じゃ、じゃあ、今年も…!」

青年はうつむき、首を横に振った。

「歌わない。彼女には、もう、届かない」
「ぷう…ぷう…」
「ある日、ある事故で、彼女は、耳が聞こえなくなった」
「え…!」

そうだ、その日から、彼女は変わってしまったんだ。
自分の部屋に閉じこもり、何をするでもなく、ただ朝と晩を繰り返すだけ…
音がなくても、彼女は生きているのに。
彼女は…俺の愛していた彼女は、死んでしまった。いなくなってしまった。
何度も彼女の部屋に通い、外に連れだそうとしたけど、だめだった。
彼女にはもう、声だけでなく、気持ちさえも、伝わらない…

「もともと、アイツのために歌をやっていたようなものだったから。アイツに届かないなら、もう、歌なんかいらない」

青年の言葉ひとつひとつに、悲しみが込められていた。
愛する人の変貌。すべての音が途切れ、失われた幸せな日々。
声も気持ちも届かない、辛さ。悲しみ。絶望。
それらが彼を追い立て…その喉に、癒えない傷痕を、残してしまったのか…

「ぷー!ぷー!」

ああ、けれど、けれど。
この子は、“きよしこの夜”を歌っていた。
とても清らかな声で歌っていた。
この子は、きっと歌いたがっている。
その人に、歌を、伝えたいのだろう…
歌を捨ててしまったら、本当にもう戻れない。
もう一度、愛する人のために、歌ってほしい。
あきらめないでほしい。
声は届かなくても、気持ちはきっと届くはずだから。
そう、今夜は。
今夜は、クリスマスイブだから。

「…決めた」

ユキナは、そう言ってベンチから立ち上がった。
そして、青年の顔を見つめ、笑った。

「今年も、楽しいパーティにしよう!!」



「今日も、クリスマスイブだっていうのに、部屋に閉じこもりっぱなしなのよ」
「娘さんのこと…このままでいいんですか?」

ソウの問いに、おばさんは苦笑いを浮かべる。

「いいわけないじゃない。私も、ユウシ君も、あの子が立ち直るために頑張ったのよ。でもね、結局…」

ソウは少し黙って、写真を見つめた。
去年はこんなに楽しそうに笑っていた娘さん。
今年のクリスマスは、自分の殻に引きこもり、か。
いや。違う。
音が途切れた今だって、笑えるはずだ。
きっと心のどこかで、クリスマスを待っていたはずだ。

「スープ、ごちそうさまでした」
「あ、お帰り?」
「ここまで話を聞いたんだ、このままサヨナラ、ってわけにはいかないよ。スープのお礼もあるしな」

ソウはニヤリと笑った。
おばさんは驚きの声をあげる。

「そ、それってどういうことなの?」

ソウは玄関の戸を開け、出て行く間際に、笑って言った。

「ははっ、楽しいパーティにしよう!」



ソウは先程ユキナと別れた場所へと走って向かった。
遠くに、ユキナの姿が見えた。
どうやら、向こうのほうが先に来ていたらしい。

「あ!ソウ!ソウ!!」

少年に気付き、ユキナが大きく手を振って、ソウに駆け寄って来た。
少女の元気な表情に、ソウは少しばかり安心する。
あの青年の姿がないのが多少気になりはしたが。

「話、聞けたのか?」
「うん。たくさん、話してくれた。…そっちは?」
「ん、だいたいは、な」
「ね!それで私、考えたんだけど…」
「?なんだ?」
「クリスマスパーティ、しよう」
「え…」

ソウは、ユキナの言ったことに、目を丸くして驚いた。
そして今度は、クックック、と笑いだした。
そのあまりに奇妙な反応に、ユキナは困惑する。

みー様からいただきましたv


「あ、あれ?私、変なコト言ったかな…」
「あっはっは!悪ィ、悪ィ。なんかおかしくって…
 あのさ、実はさ、俺も今、お前と同じこと考えてた」
「!それじゃあ!」
「ああ、そうと決まったら、準備だな!タイムリミットは、今夜!!」
「うん!」


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