■■■ サイレント・クリスマス...2話 ■■■ 「ねえ!待って!待ってったら!!」 「なんなんださっきから!ついてくんな!!」 ユキナが全速力で走っても、逃げる青年にはなかなか追いつけない。 二人はもうずいぶんと長い距離を追いかけっこしていた。 もともと運動が得意ではない少女の足は、じょじょに限界へと近付いていく。 「ハァハァ…なんで逃げるのー!?ハァハァ……あッ!!!」 ズサー… 「い、痛い…」 案の定、ユキナは足がもつれて転んでしまった。 冬服のためひざをすりむくことは無かったが、それでもやはり痛いものは痛い。 ユキナはその場にしゃがみこみ、ぶつけたひざをさする。 泣きそうな目でふと前を見ると、そこには、プリンがいた。 「ぷー!ぷー!!」 「あなた…心配してくれてるの?ふふ、ありがとう。」 プリンはその小さな手で少女のひざを優しくさすった。 そこには、先程巻いてあげたリボンがあった。 ユキナはプリンの頭をなで、そして青年の姿を探す。 青年は、意外にもユキナのすぐそばまで来ていた。 ユキナの顔をのぞき込み、言う。 「…大丈夫か?」 ドキリとユキナの胸が鳴った。 すぐそばで聞くその声は、本当にキレイで。 この声で歌えば、どんなに素敵なのだろう。 それなのにこの人は、『歌を捨てた』なんて言う。 そんなの…そんなのって… 「君は一体なにをしたかったんだ?」 少女が怪我をしたことに責任を感じたのだろうか、青年はもう逃げも隠れもしなかった。 今はもう葉を落とした木の幹にもたれ、少女に問う。 「…悲しかったから」 「?」 「こんな歌の上手なプリンが歌を捨てるだなんて、悲しいから…私、もっとこの子の歌を聴いてみたい」 それに…あなたたちが一番、悲しそうな顔をしてる。 「ねぇ、どうして歌を捨てるなんて言うの?」 青年は、うつろな目で冬の空を見上げていた。 ゆっくりとユキナのほうに顔を向け、そして、それを覆うマフラーを、ほどいた。 「…届かないなら、歌なんかいらない。」 「あ…あ…!!!」 それは見るも無惨な光景だった。 青年の喉には、赤く腫れ上がった細い傷が、何本も何本も重なっていて。 自分で、自分の喉を掻きむしった痕(あと)が、克明に残されていた。 その痛々しい喉元に、ユキナは溢れ出る涙を抑えることが、出来なかった。 「彼はね、ちょっとした、歌うたいだったのよ。」 コト、とソウの前に温かいスープを差し出す。 女性は、話しかけてきた旅人の少年を、家によんでくれた。 すみません、と一礼し、ソウはスープに口をつけた。 「若い人たちに人気のあったカフェで、彼は、それはそれは素敵な声で歌っていたのよ」 「でもあの人は、もう歌わない、って…」 そう言って、さらなる話を聞こうと思ったとき、ふとひとつの写真たてがソウの目に入った。 三人と一匹の写真。 今ここにいるおばさんと、先程の青年とプリンと、そしてもう一人キレイな女性が、笑顔を浮かべてうつっていた。 一目でわかるくらい、楽しいクリスマスパーティでの、一枚だった。 ソウが写真に目をやっていることに気付いたおばさんは、写真を手にとり、ソウに渡した。 「これ…去年の写真よ。まさか、一年でこんなにも変わっちゃうなんて…」 「あの男が、ですか?」 「…いいえ。変わってしまったのは、ほら、ここにうつってる、私の娘…」 「恋人が、いたんだ。」 青年はマフラーを巻き直しながら言った。 肩をすくめ涙を流す少女の手を取り、近くのベンチに座らせる。 自分も隣りに座り、プリンをひざに乗せ頭をなで、また、話しはじめた。 「彼女は、クリスマスが大好きで…毎年、アイツの家族と一緒にパーティしてたなあ」 ユキナは涙をふき、青年の顔を見上げた。 また…とても悲しそうな顔だった。 「アイツ、“きよしこの夜”が好きだったから、クリスマスには、俺とプリンでアイツのために歌ってたんだ」 「じゃ、じゃあ、今年も…!」 青年はうつむき、首を横に振った。 「歌わない。彼女には、もう、届かない」 「ぷう…ぷう…」 「ある日、ある事故で、彼女は、耳が聞こえなくなった」 「え…!」 そうだ、その日から、彼女は変わってしまったんだ。 自分の部屋に閉じこもり、何をするでもなく、ただ朝と晩を繰り返すだけ… 音がなくても、彼女は生きているのに。 彼女は…俺の愛していた彼女は、死んでしまった。いなくなってしまった。 何度も彼女の部屋に通い、外に連れだそうとしたけど、だめだった。 彼女にはもう、声だけでなく、気持ちさえも、伝わらない… 「もともと、アイツのために歌をやっていたようなものだったから。アイツに届かないなら、もう、歌なんかいらない」 青年の言葉ひとつひとつに、悲しみが込められていた。 愛する人の変貌。すべての音が途切れ、失われた幸せな日々。 声も気持ちも届かない、辛さ。悲しみ。絶望。 それらが彼を追い立て…その喉に、癒えない傷痕を、残してしまったのか… 「ぷー!ぷー!」 ああ、けれど、けれど。 この子は、“きよしこの夜”を歌っていた。 とても清らかな声で歌っていた。 この子は、きっと歌いたがっている。 その人に、歌を、伝えたいのだろう… 歌を捨ててしまったら、本当にもう戻れない。 もう一度、愛する人のために、歌ってほしい。 あきらめないでほしい。 声は届かなくても、気持ちはきっと届くはずだから。 そう、今夜は。 今夜は、クリスマスイブだから。 「…決めた」 ユキナは、そう言ってベンチから立ち上がった。 そして、青年の顔を見つめ、笑った。 「今年も、楽しいパーティにしよう!!」 「今日も、クリスマスイブだっていうのに、部屋に閉じこもりっぱなしなのよ」 「娘さんのこと…このままでいいんですか?」 ソウの問いに、おばさんは苦笑いを浮かべる。 「いいわけないじゃない。私も、ユウシ君も、あの子が立ち直るために頑張ったのよ。でもね、結局…」 ソウは少し黙って、写真を見つめた。 去年はこんなに楽しそうに笑っていた娘さん。 今年のクリスマスは、自分の殻に引きこもり、か。 いや。違う。 音が途切れた今だって、笑えるはずだ。 きっと心のどこかで、クリスマスを待っていたはずだ。 「スープ、ごちそうさまでした」 「あ、お帰り?」 「ここまで話を聞いたんだ、このままサヨナラ、ってわけにはいかないよ。スープのお礼もあるしな」 ソウはニヤリと笑った。 おばさんは驚きの声をあげる。 「そ、それってどういうことなの?」 ソウは玄関の戸を開け、出て行く間際に、笑って言った。 「ははっ、楽しいパーティにしよう!」 ソウは先程ユキナと別れた場所へと走って向かった。 遠くに、ユキナの姿が見えた。 どうやら、向こうのほうが先に来ていたらしい。 「あ!ソウ!ソウ!!」 少年に気付き、ユキナが大きく手を振って、ソウに駆け寄って来た。 少女の元気な表情に、ソウは少しばかり安心する。 あの青年の姿がないのが多少気になりはしたが。 「話、聞けたのか?」 「うん。たくさん、話してくれた。…そっちは?」 「ん、だいたいは、な」 「ね!それで私、考えたんだけど…」 「?なんだ?」 「クリスマスパーティ、しよう」 「え…」 ソウは、ユキナの言ったことに、目を丸くして驚いた。 そして今度は、クックック、と笑いだした。 そのあまりに奇妙な反応に、ユキナは困惑する。 ![]() 「あ、あれ?私、変なコト言ったかな…」 「あっはっは!悪ィ、悪ィ。なんかおかしくって… あのさ、実はさ、俺も今、お前と同じこと考えてた」 「!それじゃあ!」 「ああ、そうと決まったら、準備だな!タイムリミットは、今夜!!」 「うん!」 >>>>1話へ >>>>3話へ ::: 戻る ::: |