ウィィィン… 「あらエンジ君。バトルはどうだったの?」 「…」 そんな口もとをキュッと締め黙る少年の姿に、どちらに軍配があがったのかジョーイはすぐさまわかった。 しかしいつも一緒のオニスズメの姿が見当たらない。 「エンジ君…オニスズメは?」 「ジョーイさん」 「ん?」 「あいつが…オニスズメがもしこの辺に来たら…治療してやって…あいつ怪我してるから…」 エンジはそれだけ言うと、すぐにポケモンセンターから出て行ってしまった。 エンジの後ろ姿は、もう見えなかった。 きゅうきゅう…ぎゃあぎゃあ… 「ほれ、今度はお前たちの番じゃ。遊んでおいで」 老人は客から預かっていたニドラン♀とニドラン♂を柵の中から出してやり、外で遊ばせていた。 栄養のあるものを与え、自然の中で自由に遊ばせ、健康な体に育てる。 そのやり方が評価され、ここの育て屋さんはなかなか繁盛していた。 ニドランたちが無邪気に遊ぶ様子を眺めながら、老人は一杯のお茶をすする。 すると、北から孫が大急ぎでこちらに向かってくるのが見えた。 「…じーちゃん!!ハァハァ…」 「おかえりエンジ。もう昼だ、腹が減ったじゃろう。どうせ朝ご飯は食べてないじゃろうし…ニシシ」 「そんなことより!じーちゃん、ここにオニスズメ来てない!?」 「ふむ…見てないが…」 「そっか…」 街から全速力で走ってきたのだろう、エンジは肩を上下させながら必死で呼吸を整えようとしていた。 今にも泣きそうな、鬼気迫るような、エンジのそんな表情を見て老人は何かあったのだろうと悟り、エンジに問う。 「エンジ、一体、何があったんじゃ」 「…じーちゃん!オレ!オレは…!至上最低のトレーナーだったんだ!いや、トレーナーでもなかった!ただの、ただの、バカヤローだったんだ!」 エンジは老人に思いきり抱き付いた。 無理やり抑え込んでいた涙が、その拍子にまたもや溢れ出てしまった。 エンジは祖父の細い背中にしがみつきながら、自分を責め続けた。 「ヒック…、オレは…あいつに…ヒドイこと言っちゃったんだ…!うう、ふええ」 「エンジ…、少し落ち着きなさい」 「じーちゃん、オレ、あいつを捜してくる!!」 「エンジ!待ちなさい!」 ガバッと起き上がり、エンジはオニスズメを捜しに行こうとした。 しかしそのとき。 ぐ〜…きゅるるぅ〜… エンジの腹が声をあげた。 それもそのはず、エンジは朝から何も口にしていない。 …正確に言えば、ポケモンフーズ以外、だが。 老人はゆっくりと立ち上がり、泣いている孫の頭をくしゃくしゃなでながら、優しく言った。 「エンジよ、焦ってはいかんぞ。何事も、順番っちゅうものがある。それを間違えれば、失敗しか待っとらんぞ。今のお前が成すべきは、腹ごしらえじゃ。なぁ?」 「じーちゃん…。」 エンジと老人は二人並んで縁側に腰掛け、老人お得意の混ぜご飯をお昼ご飯にした。 ご飯を流し込むようにして食べるエンジを叱りながら、老人はエンジに語りかける。 「何があったのかは知らん。話せとも言わん。お前さんの問題はお前さんで解決せい」 「…」 エンジは黙ったままもくもくとご飯を口に運ぶ。 涙目はいまだ乾くこともなく、昼の太陽に照らされ反射し、濡れているのがよくわかった。 「お前の父さんも兄さんも姉さんも、みな悩みながらもがきながら立派になっていったんじゃぞ」 老人は孫を元気づけようと、懐かしい家族のことを口に出した。 鬼鳥家の名前は、トレーナー一家としてそこそこ知れ渡っていた。 末っ子のエンジにとって、家族は大きな誇りであったのである。 だからこそ、エンジは家族に追いつきたくて、認められたくて、旅に出たいと強く願うようになっていた。 追いつきたくて。 認められたくて。 でもそれは単なるタテマエで 旅立ちたいと願うのは 父ちゃんや母ちゃんに、兄ちゃんたちに、 会いたかったから… 寂しかったから… そして、それはオレのワガママでしかなかった。 そんなワガママのために、オレは親友であるオニスズメを振り回し傷つけてしまったんだ。 『俺だって…もっと強いポケモンがいたら…』 側にいるのが、隣にいるのが、アタリマエだったから。 オレとあいつが一緒にいることが、アタリマエだと思っていたから。 『パートナーがこんな弱いオニスズメじゃなかったら…!』 気づかなかった。気づけなかった。 オレの言葉と態度が、あいつをどんなに傷つけていたのかを。 ―…こんな最低のクズトレーナーのポケモンになった、オニスズメに同情しますね…― 「…エンジ?」 「うぇ、ふえ、グスッ…うええ」 「こりゃ、泣きながら飯を食うな!喉につまるじゃろう!」 「ごめん、ごめん、オニスズメ!グス、オレが悪かった!ごめん…!」 エンジは大声であたりに叫び散らした。 その言葉を聞かせたい相手が、今この場にいるとはわからないけれど。 今すぐに、伝えたかった。謝りたかった。 エンジは手に持っていたお椀を置き、すくっと立ち上がり、また叫ぶ。 「どこにいるんだオニスズメ!?お願いだ、帰ってきてくれ!もう一度、もう一度、オレと一緒に戦ってくれえ!」 「エンジ…」 エンジが叫んだ後は、妙にその場が静まり返った気がした。 オニスズメは…いない。 エンジは力なく、祖父の隣にぺたんと座り込んだ。 老人はふぅ、とひとつため息をつき、孫に問う。 「エンジ。お前さんは、十歳だったかの?」 祖父の唐突な質問に、エンジはそれどころでは無い、と言わんばかりに口先を尖らせた。 しかしその祖父はにっこりと笑ってエンジの返答を待っていたので、エンジは仕方なくしぶしぶ答えた。 「…そうだよ」 「そうか。では、あのオニスズメとは、十年間も一緒におるんじゃなぁ」 「うん。オレとあいつは、同じ年の同じ日に生まれたんだ。それから、ずっと一緒だった」 「そうじゃな。お前さんとオニスズメには、十年間の思い出があるんじゃろう」 「うん…生まれた時のことなんて覚えちゃいないけど、気づいたときには、いつも隣にあいつがいたんだ。兄ちゃん達が家を出て行くときも。父ちゃんと母ちゃんがオレを置いて行ってしまったときも」 だから、今、あいつがココにいないのが、信じられないし、たまらなく、寂しい。 「エンジ。お前さんは、オニスズメを、信じているかな?」 「え?」 「十年間をともに過ごしてきたんだ。…信じているじゃろ?」 「…あ…」 ―…そして君は、自分のパートナーを、信じてはいなかった…― あのヒトに言われた言葉。 確かにオレは、あのヒトとのバトルのとき、オニスズメのことをこれっぽっちも信じてはいなかった。 でも、そうだ。あいつは、オレと、生まれた時からずっとずっと一緒だったんだ。 あいつのことを一番よく知ってるのは、あいつと一番同じ月日を生きてきたのは、このオレだ! オレがあいつを信じないでどうする!? 今まで、ごめん。 だけど、今からは。これからは、ずっと。 「…信じるさ!信じてる!」 不思議とエンジの顔には笑顔が戻っていた。 「そう、信じているなら…待ってみなさい。彼が帰ってくるのを。」 「…わかった。きっと帰ってくるよね」 「ああ、きっとな。それまでお前さんは、彼が帰ってきた後どうするか考えるんじゃよ」 「うん。『何事も、順番っちゅうものがある』だよな!」 「ほほ、それは誰の言葉じゃったかな?」 エンジは食器を片付けた後、預かってるポケモンたちを入れている柵の前に座り、相棒の帰りを待った。 そして言われたとおり、オニスズメが帰ってきた後のことを、決して良くない頭をフル回転させて必死に考えていた。 『ポケモンには一匹一匹に個性がある』 『トレーナーは、そのポケモンにピッタリの戦略も考えるもの』 朝のあのヒトの言葉を繰り返し思い出しながら。 もう一度、オレとオニスズメで、あのヒトと戦いたい。 勝てるかどうかなんて知らない。だけど、今日みたいな戦いはもう二度としない。 もう、『つまらない』とは言わせない。 それは時間を感じさせず、ふと空を仰ぐとそれはうっすらとオレンジ色に染まりつつあった。 …ガサッガサッ ふと、エンジの右側にあった草むらが揺れた。 ガサガサともう一度音を立てて、草を掻き分けて、出てきたのは。 「ぎゅう〜…ぎゅう」 長い間、いろんな場所を彷徨ったのだろうか、毛並みはボサボサ、色も少し黒ずんで。 トボトボこちらに進んできたが、顔はうつむいたまま。 まるで、仲直りしようと思ってるのに恥ずかしくて相手の顔を見れない少年のような。 そんな彼の姿に、エンジは涙を流しながら笑ってやった。 「へへっ、鳥のくせに、ここまで歩いてくるなんて…お前らしいよな」 「ぎゅう〜」 オニスズメはゆっくりと顔を上げた。 そこには、一番好きな友達の、一番好きな笑顔があった。 エンジはオニスズメに飛びつきぎゅっと抱き上げた。 「オニスズメ!ごめんな、ごめん…!」 「ぎゅう〜、ぎゅう〜…!」 「ごめん、ホントにごめん…」 オニスズメに言いたい言葉は、山ほどあったけれど。 エンジは、息がつまって「ごめん」としか言えなかった。 けれど、それだけで十分だった。 言葉が足りなくても、気持ちは、伝わった。 エンジはこの瞬間に、一人のポケモントレーナーになり、 エンジとオニスズメの関係も変わることになる。 そう、親友から、 かけがえのない、パートナーへ。 >>>>4へ ::: 戻る ::: |