■■■ 嵐の日の記憶...3話 ■■■ 波のせいで舟から落とされたのか、自分から飛び込んだのか、今ではもうわからない。 激しい波に流され、息もできず、だんだん意識が遠くなっていった。 無力な俺は、このまま海の底に沈むのだろう。 ほら、やっぱり俺は、命をかけてもらえるようなヤツじゃなかったんだよ。 悪かったな、カイ… 兄貴…兄貴… <ソウ。自分の夢に、誇りを持って生きろよ。> …そうだ。あいつは俺に、『生きろ』と言ったんだ。 俺を生かすために、あいつは。 俺が、それに応えないでどうする!? 俺のために命を落とした兄に、応えないでどうする!? 俺には、何の力も無い。 だけど、俺は、あいつの弟だ。 血をわけた、兄弟だ。 俺が生きることが、あいつが生きていた証…!! 必死に、海の中で、もがいた。 どちらに泳げばいいのかもわからなかったが、とにかくもがいた。 ここで、死ぬわけにはいかない… 息も限界、体力も限界、冷たい海水に体温も奪われ、意識が、消えそうになったそのときだった。 何かが、俺を乗せて、泳ぎ、海面まで上がっていく。 俺は頭が真っ白で、何が起きているのかさっぱりわからない。 ただ…俺は何かの背中に、乗っているようだった。 そのまま海から出て目にした光景は、まるで自分が夢を見ていたかのようで。 空を暗く覆っていた雲が消えていき、小雨に変わり、波も落ち着きを取り戻していった。 夢なのか現実なのか、それははっきりしないまま、体力が限界に来ていた俺は、何者かの背中の上で深い眠りについた… 次に見た光景は、自分の部屋の中だった。 両親は俺の顔を見るなり、大声をあげて泣き出した。 どうやら3日3晩、俺は眠り続けていたらしい。 話を聞くと、街の人みんなで海で必死にカイの捜索をしてはいたが、何も成果は上がらなかったようだ。 なあ母さん。兄貴は、俺のために、海に飛び出したんだ… そう言っても、誰も俺を責めたりはしなかった。 ただ、助かって良かったと。 お兄さんは勇敢だったと。 クスノキ艦長さえも、俺を責めはしなかった。 「艦長!俺が悪いんだ!俺になんの力も無かったから…くそお!俺を、俺を責めろよ!」 「君を責めて、一体何になるんだい?君自信が一番、己の無力さを恥じ、責めている」 「…」 「それならば、もう後悔しないように、力をつけなさい。 君は生かされた。君のお兄さんと、あの光るドラゴンに…」 そう、光るドラゴン。 あの日、俺を助けたのは、ドラゴンだったらしい。 多くの街の人が目撃してはいたが、それの放つ光のせいか、姿を聞いてもその証言はまちまちだった。 青かったという奴もいれば、緑の皮膚だったという奴もいる。 すべてが黄金色だった!と述べた者もいた。 しかしみなこれだけは共通していた、あれは龍、ドラゴンだったと。 「あの嵐の日…僕等は君達が海に出ていたことを知って、なんとか助けようとしたんだ。 街の皆が、あらゆるポケモンで海を渡ろうとした。 水ポケモン、鳥ポケモン…だが、あの嵐を越えて行ける者は誰ひとりとしていなかった。」 「そうだったんだ…」 「それなのに、あの龍だけは、どこからともなく現れて、嵐をもろともせず、海を越え、君を助けた。 そして、また、空に戻っていった…」 「自然の猛威に決して負けない、ドラゴンポケモンか…!!」 そのとき、俺は自分のするべきことがわかったんだ。 自分の無力さのせいで、大切な人を失った。 もう、こんなことが起きないように。 たとえ起きても、大切な人を守れるように。 俺は、あの嵐にも負けやしないドラゴンポケモンで頂上を目指すんだ。 強くなりたい。 兄貴、誇りを持てる夢、出来たみたいだ。 だから俺は旅に出るよ。 兄貴が俺に命をかけたことが、無駄じゃ無かったと、証明してみせるよ… 「そんなことが、あったんだ…」 「ほんとに長くなっちゃって、悪かったな。…つまんなかっただろ」 「ううん!ソウ、すごく辛そうだったけど、最後まで話してくれて、ありがとう。嬉しかったよ」 「…嬉しい?」 「ソウ、あんまり自分のこと話さないじゃない。ソウのこと、今までより理解できて、嬉しい」 まさか感謝されるなんて思わなかった。 感謝するのは、むしろ俺のほうなのに。 コイツは、俺の話しを、涙を流しながら聞いてくれた。 兄貴のために、泣いてくれた。 ユキナ…ありがとう。 「…?それ、もしかして…」 俺はかばんの中からあるものを取り出した。 「これが、あの日のスケッチブック。 俺はあの時、とっさにコレをバッグにしまってたみたいで、今もこうして残ってる」 ユキナにそれを手渡す。 旅の間、ずっとかばんの中にしまってた。 兄貴の形見。 こうして取り出したのは、いつぶりだろうか。 「見てもいいの…?」 俺は黙って頷いた。 ユキナが表紙をめくる。 あの嵐で一度ぐっしょり濡れたため、しわしわの表紙だった。 あの日の絵も、すっかり雨に濡れて、線が滲んでいた。 が、水彩絵の具ではなく鉛筆一本で描いてあったためか、それがどんな絵であったか今でも見ることができた。 「!これって… 子供の頃のソウと、…なんだろ、見たことがあるような…龍…?」 「そうだ。その絵は、俺と、龍。しかも、ただのドラゴンじゃない。 それは……天空の覇者…」 「レックウザ!?」 「それを見た時、俺は心底驚いたよ。なんで兄貴がそんな絵を描いたか、全然わからない」 「ねぇ、ソウを助けたドラゴンって、もしかして…!?」 「もしかして…俺もそう思ったよ。あれは、レックウザだったかもしれない… 馬鹿みたいだけど、そう考えちゃうよな。…偶然とは、思えない… あの日のことは、何がなんだかわからないままなんだ。 だから、俺は、レックウザっていうポケモンをこの目で見てみたい。 いるかいないかも不確かなヤツだけど、見てみたい。会ってみたいんだ。 俺の、もうひとつの夢だ。」 別に聞かれてもいないのに、何でこんなに俺はベラベラ喋ってるんだろう。 嵐の日は、なんだか俺は不安定だ。 それとも、ただ、コイツに聞いてほしかっただけかもしれないな。 コイツも、誇り高い、夢を持っているから。 「ね!ソウ!思いついちゃったんだけど!」 そう言ってユキナはスケッチブックのページをめくる。 もちろん、一枚目以降は、何も描かれてはいない。 あの日の傷跡のように、しわしわではあったが。 「描きなよ、続き!このスケッチブックに、今度はソウが絵を描くの! ソウがこれから見ていくものを。お兄さんに見せたいものを!」 俺はまた驚いた。そんなこと言われたのは初めてだから。 親も、それは大切にしなさい、としか言わなかったぞ!? 俺が…兄貴の、続きを描く、か… 確かに、「過去のもの」にこだわってても、仕方ないかもしれないな。 「…ごめん。ちょっと無神経だったかな…」 「いや。やってみようかな。兄貴の絵には全然かなわないけどな」 そう言うと、ユキナは笑った。 ふと外を見ると、雨は止み、空が明るかった。 「お兄さん…きっとどこかで元気に暮らしてると思うよ」 空には虹がかかってた。 嵐はいずれ止むこと。雨のあとには虹ができること。 長い間、忘れていたかもしれないな。 兄貴に守ってもらった命、夢のために、精一杯に生きるつもりだ。 俺は鉛筆を一本握って、しわくちゃの白い紙に、目の前の少女をえがきはじめた。
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あとがきと補足 |